この記事を執筆した当時の私
獣医師/Ph.D.(獣医学博士)/大学や製薬会社で基礎研究に従事していた元研究者/現在は動物病院で犬・猫の診療をしている臨床獣医師
- 犬や猫は猫ひっかき病の原因菌を保有していても無症状
- 人の症状は傷口の腫れ・化膿・リンパ節の腫大と痛みなど
- 猫や犬に引っ掻かれたり咬まれたりしたら医療機関の受診が必要

こんにちは!
獣医師の修です。
今回は猫ひっかき病ついて解説していきます。
猫ひっかき病(Cat scratch disease [CSD])は、猫や犬が媒介する細菌感染症です。
犬や猫は感染しても無症状ですが、人に感染すると受傷部の腫れや化膿、脇や脚のリンパ節の腫大と痛みがでてきます。
発熱や頭痛を起こすこともあります。
自然治癒することもあるせいか放置する方もいますが、重症化すると大変です。
これまでの経験や勘で判断せず、猫や犬に引っ掻かれて症状がでたら医療機関を受診してください。
この記事のゲスト:大輔さん
40代。地域猫活動が趣味。猫派だが犬も好きで1頭飼育中。
猫ひっかき病の基礎知識

いてててて…さっきの野良猫に引っ掻かれてしまった。
ちょっと、焦り過ぎたかな。

大丈夫ですか?
洗浄と消毒して、ちゃんと病院に行ってくださいね!

病院!?嫌だよ~
てかっこのくらい大丈夫!
日常茶飯事だし、俺には免疫があるから!

大輔さん、何の免疫をもってるんですか?
冗談で済ますことができないので、真面目に話ますね!
「猫ひっかき病」という病名は聞いたことはありますか?

猫ひっかき病?
どこかで聞いたことあるような?無いような…
猫ひっかき病(Cat scratch disease [CSD])は、猫や犬が媒介する細菌感染症です。
病名には「猫」とありますが、犬からの感染報告もあります[1-4,9]。
「ひっかき病」という名ではありますが、咬まれても感染しますし、犬猫に寄生しているノミを介した感染報告もあるんです。
明らかな引っ掻き傷や咬傷がなくて、単なる接触で感染したのではと思われる症例も報告されています[9]。
犬や猫に咬まれたり引っ掻かれないように気を付けると同時に、定期的なノミの駆除対策が大切です。
猫ひっかき病の原因

もう少し詳しく教えてください。

もちろんです!
分からないことがあれば質問してくださいね。
CSDの原因は、バルトネラ属(Bartonella)に属するバルトネラ・ヘンセレ( B. henselae )という細菌の感染が原因です。
犬や猫は、ノミに刺されたり、ノミの糞が傷口に付着することで B. henselae に感染します。
また、毛繕いの際にノミを掻いたり噛んだりすることで、感染したノミの糞を爪の下や歯の間に拡げてしまいます。
野良猫などが出入りする環境では、闘争(ケンカ)することでも感染します。
屋内で飼育でも安心ではない

これって室内で飼育していれば安心だよね?

残念ながら、安心はできません!
北海道から沖縄までの家猫について、B. henselae に対する抗体検査がありました[7-8]。
3歳以下の猫で抗体陽性率が高いこと、南部・都市部では北部・郊外に比べ陽性率が高いことが明らかとなっています。

さらに、屋内猫でも7.0%が陽性であったと報告されていますので、「屋内で飼育しているから安心」とは言えないんです。

そうなのか…
人への感染経路

人への感染経路は?
咬まれたり引っ掻かれなければOK?

残念ながら、そうとも言えません。
人への感染経路は主に3つあります[5-6,9]。
- 感染した動物に引っ掻かれる or 咬まれる
- 感染した動物が傷やかさぶたを舐める
- ネコノミに吸血される
患者さんの中には、明らかな掻傷や咬傷がない場合もあります。
ノミを介した感染や単なる接触での感染も一定数はあると考えられています。

え~っ!
猫を飼っている人や私のような地域猫活動家はどうすれば良いの?

それは記事の後半でちゃんと説明しますね!
猫ひっかき病の症状

バルトネラ・ヘンセレだっけ?
それに感染するとどんな症状がでるの?

ペットの症状と人の症状をまとめますね。
犬・猫の症状
犬や猫が B. henselae に感染しても症状はありません。
人の症状
- 受傷部の腫れや化膿
- 脇や脚のリンパ節の腫大と痛み
- 発熱や頭痛
- 稀に脳・肝臓・脾臓・眼に合併症

犬や猫が B. henselae に感染しても症状はありませんが、人に感染すると症状がでることがあります。
一般論ですが、咬まれたり引っ掻かれたりしてから3~10日で受傷部に水疱や虫刺されのような腫れができます。
多くの場合は、皮膚の症状と同時に発熱・倦怠感・食欲不振・頭痛などの全身症状もでてきます。
感染者の8割で、上記症状がでてから1~2週間後に痛みを伴うリンパ節(腋窩・鼠径部・頸部が多い)の腫大がでてきます[9-10]。
これは数週間~数か月間も続きます。

動物は無症状なのか…
特に注意するべき人
免疫が弱まっている人(免疫を抑制するような薬剤を内服している人)では重症化しやすいです。
また、小児の症例報告が多い印象があります。
お子様がいる方も注意してください。
症状がでたら医療機関を受診
自然治癒することもありますが、リンパ節の腫大を経験した5~10%で心内膜炎や脳炎などを発症した報告もあります[11-12]。

これまでの経験や勘で判断せず、猫や犬に引っ掻かれて症状がでたら医療機関を受診してください。
また、猫や犬の口腔内には B. henselae 以外にも病原体がいることがあります。
詳しく以下の記事をご覧ください。

カプノサイトファーガ-カニモルサス感染症の重症例などでは死亡例も報告されています。

猫や犬に咬まれたら早急に医療機関を受診してください。
なお、通常の接触では人から人に感染が拡がることはありません。
だから、家族や近所など、身近な人で感染者が出ても怖がる必要はありません。
猫ひっかき病の検査・診断【犬・猫の場合】

飼っている猫が感染しているかどうかはチェックできるの?
実験室レベルでは、PCRや抗体チェックによる検査・診断が可能です。
しかし、動物病院レベルで実施しているところないかもしれません。

でも、検査サービスを提供している企業はあります。
動物病院がその企業を利用していれば、抗体検査による感染歴を調べることはできます。
まず、かかりつけ医に相談してみてください。
猫ひっかき病の治療

もし、ペットに…ヘンセレ菌だっけか?それがいたら除菌してくれるの?

犬や猫が B. henselae に感染しても無症状なので、 B. henselae の治療は行いません。
細菌の排除に関しては、研究・実験レベルでの報告はありますが、まだ臨床に応用できるレベルではないと思います。
犬や猫の常在菌
私のたちのお腹の中や口腔内、皮膚表面などには細菌がいます。
これは常在菌と呼ばれており、私たちに様々な作用をもたらしています。

乳酸菌やビフィズス菌、大腸菌などが有名ですね!
犬や猫にも常在菌はいます。
バルトネラ・ヘンセレ菌はその1つでしょう。
ヘンセレ菌が犬や猫にどのような影響を与えているかは分かりません。
ただ、感染しても無症状ということは、上手に共存できている証です。

犬や猫にとってはそれが普通なので、我々人間は、それを知ることで適切な距離感を保つことが大切ですね!
ペットが症状を示す場合もある
猫に病原性を示す株の存在や保菌犬での発症を示唆する文献があります[13-15]。
常在菌とはいえど、犬や猫に悪さをする場合はありそうですね。
臨床症状・検査結果などから、バルトネラ・ヘンセレ菌が原因と考えられる場合は治療対象となるでしょう。
猫ひっかき病の予防と対策

地域猫活動家や猫を飼育している人が気を付けることは何ですか?
B. henselae に対するワクチンは、人間用・動物用ともに開発されていません。
だから、犬や猫から感染しないように飼い主さんが気を付けるしかありません。

具体的には、以下の点に注意してください。
- 野良猫には近づかない
- ペットの爪は定期的に切っておく
- 興奮している動物には手を出さない
- 動物と触れ合った後は手をよく洗う
- 傷やかさぶたを動物に舐めさせない
- 遊び目的でもペットを手荒に扱わない(咬んだり、引っ掻いたりする原因)
- ノミの駆虫は年間を通して実施(冬季でも13℃以上であればノミは生育可能)
医療機関を受診するときのお願い
気を付けていても、ペットを飼育していたら咬まれたり引っ搔かれてしまうことはあるでしょう。
もし、医療機関を受診する際は受傷の詳細を担当者に伝えてくださいね。

よろしければ、以下のフォーマットをご利用ください。

もし、「具合が悪いけど病院に行った方がいいのかな…」と迷っていたら、救急安心センター事業(♯7119)を利用しましょう!
医師・看護師などが症状を聞き取り、緊急性や受診の必要性を判断してくれます。


自身ではなくお子様の場合は、子ども医療電話相談事業(♯8000)を利用しましょう!
小児科医師や看護師が症状を聞き取って受診の必要性を判断してくれますよ。
ペットの飼育状況もシェアしてください
明らかな掻傷や咬傷がない患者さんも一定数報告されています。
その場合、動物との接触歴を医療機関側が把握することが重要となります。
体調不良などで医療機関を受診される際はペットの飼育状況も担当者とシェアしてください。

こちらのフォーマットをご利用ください。
猫ひっかき病【まとめ】
猫ひっかき病(Cat scratch disease [CSD])についてまとめました。
病名から想像しにくいですが、犬からの感染報告もありますし、咬傷による感染やノミを介した感染もあります。
犬や猫は感染しても無症状ですが、人に感染すると症状がでます。
ペットに咬まれたり引っ掻かれないように日頃から気を付けると同時に、定期的な爪のケアやノミの駆除対策が大切となります。
また、猫や犬に引っ掻かれて症状がでたら医療機関を受診してください。
猫や犬に咬まれた場合は早急に医療機関を受診してください。

大輔さん、最後までお付き合いいただきありがとうございました。

こちらこそ、ありがとう!
これから気を付けるよ!
参考文献リスト
[1] KERET, David, et al. Cat-scratch disease osteomyelitis from a dog scratch. The Journal of Bone and Joint Surgery. British volume, 1998, 80.5: 766-767.
[2] TSUKAHARA, Masato, et al. Bartonella henselae infection from a dog. The Lancet, 1998, 352.9141: 1682.
[3] 草場信秀, et al. 犬が感染源と疑われた Bartonella henselae 感染症の 2 例. 感染症学雑誌, 1999, 73.9: 930-934.
[4] 村野一郎, et al. 犬との接触により生じた Bartonella henselae 感染症の 2 例. 感染症学雑誌, 2001, 75.9: 808-811.
[5] BEGRES, Jacob M.; MANGUS, Courtney W. The flea’s knees: A unique presentation of cat scratch disease. The American Journal of Emergency Medicine, 2021, 44: 477. e5-477. e6.
[6] 今泉太一, et al. 大腿部皮下腫瘤を主訴に来院した猫ひっかき病の一例. 聖マリアンナ医科大学雑誌, 2017, 45.1: 49-54.
[7] MARUYAMA, Soichi, et al. Seroprevalence of Bartonella henselae, Toxoplasma gondii, FIV and FeLV infections in domestic cats in Japan. Microbiology and immunology, 2003, 47.2: 147-153.
[8] MARUYAMA, Soichi, et al. Prevalence of Bartonella henselae, Bartonella clarridgeiae and the 16S rRNA gene types of Bartonella henselae among pet cats in Japan. Journal of Veterinary Medical Science, 2000, 62.3: 273-279.
[9] 吉田博; 草場信秀; 佐田通夫. ネコひっかき病の臨床的検討. 感染症学雑誌, 2010, 84.3: 292-295.
[10] MURAKAMI, Kyoko, et al. Cat scratch disease: analysis of 130 seropositive cases. Journal of infection and chemotherapy, 2002, 8.4: 349-352.
[11] LA SCOLA, Bernard; RAOULT, Didier. Culture of Bartonella quintana and Bartonella henselae from human samples: a 5-year experience (1993 to 1998). Journal of Clinical Microbiology, 1999, 37.6: 1899-1905.
[12] CARITHERS, Hugh A.; MARGILETH, A. M. Cat-scratch disease: acute encephalopathy and other neurologic manifestations. American journal of diseases of children, 1991, 145.1: 98-101.
[13] O’REILLY, Kathy L., et al. Acute clinical disease in cats following infection with a pathogenic strain of Bartonella henselae (LSU16). Infection and immunity, 1999, 67.6: 3066-3072.
[14] KITCHELL, Barbara E., et al. Peliosis hepatis in a dog infected with Bartonella henselae. Journal of the American Veterinary Medical Association, 2000, 216.4: 519-523.
[15] MEXAS, Angela M.; HANCOCK, Susan I.; BREITSCHWERDT, Edward B. Bartonella henselae and Bartonella elizabethae as potential canine pathogens. Journal of clinical microbiology, 2002, 40.12: 4670-4674.
2023年12月11日 修(獣医師&獣医学博士)
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