- 動物由来のカビが人に寄生する感染症
- 犬や猫の動物も発赤や脱毛などの症状がでる
- 皮膚糸状菌症は適切な治療と環境対策を行えば確実に治る病気
こんちには!
獣医師のアッチーブです。
今回は皮膚糸状菌というカビが人に感染して起こる皮膚糸状菌症のお話です。
皮膚糸状菌というのは総称で、たくさんの種類があるのですが、特に重要な菌種もご紹介します。
人で発症すると身体的のみならず、心理的・社会的な影響もある病気ですので、先ずは知ることから始めましょう。
また、感染した動物は飼育環境中にも菌を拡散してしまうので、飼い主さんは環境対策のやり方も知っておく必要があります。
この記事のゲスト:美咲さん
1児の母で今年32歳。犬好きで自宅では犬を飼育中。
皮膚糸状菌症の基礎知識
皮膚糸状菌症って何ですか?
皮膚に糸状菌(Dermatophytes)というカビが寄生して起こる皮膚の感染症です。
このカビを白癬菌とも呼ぶ場合もありますよ。
例えば、「水虫(足白癬)」とか「たむし(体部白癬)」とか「爪白癬」という言葉を聞いたことがある人もいるでしょう。
これらは人の皮膚糸状菌症で、後述しますが、人の皮膚糸状菌が動物に感染する場合もあるんです。
ペットでも症状は出るんですか?
これまでの病気は「動物は無症状」ばかりでしたよね?
今回お話する動物の皮膚糸状菌症は犬や猫でも症状が現れますよ!
感染動物は菌を撒き散らして生活環境を汚染するため、人獣共通感染症の観点から確実に治療しておかなければならない皮膚病です。
皮膚糸状菌(白癬菌)は、皮膚の角質層や被毛を形成する蛋白質「ケラチン」を栄養源にしています。
皮膚糸状菌症の原因
皮膚糸状菌ってどこにいるんですか?
原因となる皮膚糸状菌は、感染した動物の被毛やフケ(落屑)や土壌中に存在しています。
主な感染経路は感染動物との直接接触ですが、菌が付着したタオルを使ったり、感染動物を抱いた衣類に触れるなど、間接的な接触でも感染は成立します[1]。
皮膚糸状菌の分類①
皮膚糸状菌は総称で、病原性を示す糸状菌は3属に分かれます。
- 糸状菌属(Trichopyton)
- 小胞子菌属(Microsporum)
- 表皮菌属(Epidermopyton)
皮膚糸状菌の分類②
皮膚糸状菌の由来に着目した分類もあります。
- 土壌生息菌
- ヒト寄生性菌
- 動物寄生性菌
人獣共通感染症の病原菌
犬や猫由来の人獣共通感染症の病原菌として重要な菌種は次の3種類で、全て動物寄生性菌です。
- Microsporum canis(ミクロスポラム カニス)
- Trichophyton mentagrophytes(トリコフィトン メンタグロフィテス)
- T. verrucosum(トリコフィトン ベルコーズム)
ヒト寄生性菌がペットに感染
さっき、人の菌が動物にうつるって話してましたよね?
非常に稀ですが、人が感染源になる例も報告されています[2]。
感染動物からヒト寄生性の菌(T. rubrum)が検出されることがあり、水虫(足白癬)に感染している人の足と動物が長時間接触したことで、人の水虫が動物に感染したと考えられています。
土壌生息菌も無視できない
Microsporum gypseum(ミクロスポラム ギプセウム)は土壌中に生息する菌種ですが、汚染された土を掘るなどにより人や犬に感染します[3-4]。
皮膚糸状菌症の症状
動物はどんな症状がでるんですか?
ペット(犬や猫)の症状と人の症状をまとめますね!
犬・猫の症状
- リングワーム:発赤と遠心拡大性の脱毛斑
- 鱗屑、痂皮、丘疹、膿疱など
- 痒みは無い(or 軽度の場合が多い)
- 猫は無症状(不顕性感染)の時もある
人の症状
- 動物と接触しやすい露出部位に病変:紅斑や鱗屑
- 頭頂部の炎症性脱毛(ケルスス禿瘡)
- 全身症状:発熱や局所リンパ節の腫脹
猫では無症状な場合もあるんですね。
やっぱり「元気だから大丈夫!」って考えはダメですね!
特に「ケルスス禿瘡」は、身体的のみならず、心理的・社会的なダメージも大きい症状なので、注意が必要ですね。
皮膚糸状菌症の検査・診断[5-6]
検査方法はどんな感じですか?
次は検査や診断についてまとめますね!
教科書的には次のように進めていきます。
①ウッド灯で患部および全身を検査
ウッド灯が陽性の場合
②ウッド灯で青緑色(アップルグリーン色)に光る毛があれば、それを顕微鏡で直接鏡検して被毛周囲の胞子を確認
③真菌培養検査で直接鏡検の結果を裏付け
④菌種同定検査で原因菌を特定し感染源を推察
ウッド灯が陰性の場合
②スクリーニング検査として真菌培養検査を実施
培養陽性の場合
③菌種同定検査で原因菌を特定し感染源を推察
培養陰性の場合
③皮膚糸状菌症以外の疾患を検討
皮膚糸状菌症の治療【犬や猫の場合】
治療方法について教えてください。
全身療法と局所療法がありますが、動物は被毛に被われているたのでメインは全身療法になります。
全身療法
抗真菌薬(以下のどれか)の内服です。
- イトラコナゾール
- ケトコナゾール
- テルビナフィン
治療期間は通常8~12週間で、真菌培養検査の結果によっては減薬したり休薬を検討できるようになります。
肝酵素の上昇 or 肝機能障害の症例報告もあるため、2~4週間ごとに血液検査も必要です。
ケトコナゾールの注意点
ケトコナゾールは薬の代謝能を低下させるため、他の薬と併用する場合は注意が必要です。
他院の受診などで内服薬の処方がある場合は、そのことを必ず担当の獣医師にそれを伝えてください。
また、近年はケトコナゾール耐性の皮膚糸状菌の報告が増えています。
薬剤耐性の観点からはケトコナゾールは第一選択にはなりにくい薬と言えるでしょう。
真菌培養検査
以下のどちらかの方法で「陰性」の確認が必要です。
- 1週間ごとに実施して3回連続で陰性
- 2週間ごとに実施して2回連続で陰性
局所療法
毛刈り・外用療法・シャンプー療法がありますが、全身療法と組み合わせて行うことが基本です。
- 病変周囲の毛刈り or 全身の毛刈り
- クリーム or ローション製剤の抗真菌薬(以下のどれか)の塗布
- ミコナゾール
- クロトリマゾール
- テルビナフィン
- 抗真菌薬含有シャンプーを使って週2回のシャンプー療法
真菌培養検査
全身療法と同様に、真菌培養検査を実施して陰性を確認する必要があります。
皮膚糸状菌症の環境対策[5,7]
感染したペットは菌を撒き散らすんですよね?
何か対策は必要ですか?
その通りです!
次の2つの観点から環境対策が必要になります。
- 偽陽性を防ぐため
- 人への感染源を除去するため
偽陽性を防ぐ
治療評価で行う真菌培養検査は、真菌が被毛に付着しているだけ(感染していない)の場合でも陽性となってしまいます。
これを「偽陽性」と呼びますが、偽陽性の可能性を最小限に抑えるには飼育場所の環境対策が必要です。
- 掃除機 or 水拭きにより確認できる被毛を除去
- 洗剤を使って被毛以外の汚れを除去
- 消毒を実施(次の項を参照)
- 真菌培養検査が陰性となるまでは、上記①~③を週1~2回で実施
環境対策で使用する消毒薬
市販されているハイター(キッチンハイター)で実施できます。
- 使用直前に水道水で10~50倍に希釈
- 1をスプレーボトルに詰めて噴霧
- 10分間放置
- 金属腐食性・粘膜刺激性があるため水洗
- 乾燥
人獣共通感染症対策としての掃除
皮膚糸状菌は人獣共通感染症の病原菌です。
感染動物を抱いた衣類に触れるなど、間接的な接触でも感染することがあります。
でも、間接接触による感染報告は少数なので、過度に恐れる必要はありません。
皮膚糸状菌は被毛と皮膚がある環境でしか増殖できませんので、上述した環境対策を行えば十分でしょう。
皮膚糸状菌症の予防
予防方法は何がありますか?
皮膚糸状菌症に対するワクチンは人用・動物用ともに開発されていませんので、犬や猫から感染しないように気を付けるしかありません。
具体的には、以下の点に注意してください。
- 野良犬や野良猫など野外の動物には不用意に近づかない
- ペットと寝食を共にするなどの濃厚接触は避ける
- 動物に接した後は手をよく洗う
医療機関を受診する方へ
皮膚や頭皮に症状が現れて医療機関を受診する方にお願いがあります。
医療機関の担当者に「ペットの飼育状況」を必ず報告してください。
皮膚糸状菌症の可能性が見過ごされ、アレルギー性皮膚炎などの他の疾患と間違われることもあるようです[8]。
事前に「ペットの飼育状況」を伝えることができれば、そのような見過ごしを減らすことができるでしょう。
よろしければ、以下のフォーマットをご利用ください。
皮膚糸状菌症のまとめ
動物由来の皮膚糸状菌症についてまとめました。
感染動物は皮膚糸状菌を拡散して生活環境を汚染しますので、公衆衛生の観点から重要な皮膚病の1つです。
ただ、皮膚糸状菌症は適切な治療と環境対策を行えば確実に治る病気であるということは忘れないでください!
皮膚糸状菌症と診断されたからという理由で動物を捨てたり処分する必要はありません!
また、近年は地域猫の保護団体による集団感染も問題となっています[9]。
それぞれの地域と飼い主のいない猫の共生を目指した活動は有意義だとは思います。
でも、「猫が好き」「猫が可哀想」という理由だけでの活動はオススメしません。
- 人獣共通感染症の対策はどうするのか?
- 猫が苦手 or 嫌いな人へどう配慮するのか?
- 予防や治療にかかる費用は誰が負担するのか?
こういったことも合わせて考えた活動の展開をお願いします。
獣医師は人獣共通感染症の正しい情報と対応を提供することができるように大学で学んだ者たちです。
気になること・心配なことがあれば、かかりつけの動物病院にご相談ください。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
参考文献
[1] THOMAS, P., et al. Microsporum canis infection in a 5-year-old boy: transmission from the interior of a second-hand car. MYCOSES-BERLIN-, 1995, 38: 141-141.
[2] 横井愼一, et al. Trichophyton rubrum による犬の皮膚糸状菌症の 1 例. 獣医臨床皮膚科, 2010, 16.4: 211-215.
[3] 渡邊京子. Microsporum gypseum 感染症の 2 例と茅ヶ崎市の土壌中からの同菌の分離. Medical Mycology Journal, 2014, 55.2: J79-J83.
[4] 横井愼一. 症例報告 Microsporum gypseum 感染症の 1 例. Small animal dermatology: 小動物皮膚科専門誌, 2015, 35: 52-57.
[5] MORIELLO, Karen. Feline dermatophytosis: aspects pertinent to disease management in single and multiple cat situations. Journal of feline medicine and surgery, 2014, 16.5: 419-431.
[6] FRYMUS, Tadeusz, et al. Dermatophytosis in cats: ABCD guidelines on prevention and management. Journal of feline medicine and surgery, 2013, 15.7: 598-604.
[7] MORIELLO, Karen A.; KUNDER, Darcie; HONDZO, Hanna. Efficacy of eight commercial disinfectants against Microsporum canis and T richophyton spp. infective spores on an experimentally contaminated textile surface. Veterinary Dermatology, 2013, 24.6: 621-e152.
[8] 兼島孝. 症例報告 猫の Microsporum canis. Small animal dermatology: 小動物皮膚科専門誌, 2015, 35: 41-45.
[9] 大隅尊史. 多頭飼育環境における猫皮膚糸状菌症蔓延への対策. 獣医臨床皮膚科, 2012, 18.3: 171-172.
2024年2月6日 アッチーブ(獣医師&獣医学博士)
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