- エキノコックス症はもう「北海道の風土病」じゃない
- エキノコックス症は自覚症状がないまま進行する怖い病気
- 予防対策を適切に行えば、人に感染する危険性を下げることが可能
こんちには!
獣医師のアッチーブです。
エキノコックス症は、エキノコックスという条虫(寄生虫)が引き起こす動物由来の感染症です。
この病気は「北海道の風土病」として認識されてきたせいか、本州の犬で感染報告があることはあまり知られていません。
ペットに感染すると、その飼い主さんが感染しちゃう可能性が高くなります。
適切な治療が行われなければ死にいたる怖い病気ですので、飼い主さんには知ってもらいたい病気の1つですね。
この記事ではエキノコックス症の原因や飼い主さんが出来ることまとめていきますね!
この記事のゲスト:美咲さん
1児の母で今年33歳。犬好きで自宅では犬を飼育中。
エキノコックス症の基礎知識
エキノコックスって何ですか?どっかで聞いたことあるような響きではあるんですけど、よく知らないんですよね~
エキノコックスという寄生虫の幼虫が肝臓などで無性生殖した結果、肝機能障害・肝機能不全となる人獣共通感染症です。
自然界ではキツネとネズミの間で維持されていますが、感染ネズミを捕食した犬や猫にも感染します[1-4]。
感染した犬や猫はキツネと同様に糞便中に虫卵を排泄するため、飼い主やその家族を含む人への感染源となります[5]。
でも、予防対策を適切に行えば、人への感染の危険性はありません。
へぇ~。あっ!思い出しました!北海道の友達がエキノコックスの話をしてた気がします。北海道で重要な病気なんですよね?
そうでしたか。たしかに、エキノコックス症は「北海道の風土病」と認識されていますね。
しかし、2005年には埼玉県で、2014年には愛知県で、それぞれ犬の感染事例が報告されています[6-7]。
その後の調査で、愛知県ではエキノコックスの定着を示唆する結果がでていますので、流行地は拡大傾向にあるでしょう[8-9]。
そうなんですね…知らなかった。
エキノコックス症の原因
原因は寄生虫でしたっけ?もう少し詳しく教えてください。
もちろんです!
エキノコックス属(Echinococcus)に分類される多包条虫(E. multilocularis)という寄生虫が原因です。
寄生虫が感染する動物のことを「宿主」と呼ぶんですが、多包条虫の生活環では、終宿主と中間宿主の2種類の宿主が必要となります。
終宿主は成虫が寄生して有性生殖を行う宿主で、自然界ではキツネが、日常生活では犬や猫です。
中間宿主は幼虫が寄生して無性生殖を行う宿主で、自然界ではネズミが、日常生活では人(飼い主)になります。
その寄生虫はどうやって私たちに感染するの?
終宿主への感染は、中間宿主のネズミを捕食することで起こります。ネズミの体内にいる幼虫をネズミごと食べちゃうって感じです。
終宿主の中で成虫になったエキノコックスは卵を産み、その卵は糞便中に排泄されます。ネズミや人は排泄した虫卵を経口的に摂取して感染しちゃいます。
でも、犬から犬(猫から猫)に感染したり、人‐人感染は起こりません。
エキノコックス症の患者数
エキノコックス症は感染症法に基づく4類感染症なので、患者数が計測されている病気の1つです。
これを感染症発生動向調査(NESID*)と呼ぶですが、NESIDによると1999年4月~2022年10月8日までに517例が報告されていますね。
毎年、20~30例ぐらいの患者が出ている計算になります。
*National epidemiological surveillance of infectious diseaseの略
犬のエキノコックス症の発生数
感染症法では、人(飼い主)への感染源となる犬のエキノコックス症の届出を獣医師に義務付け、人と同様にNESIDの対象になっています。
NESIDを見ると2021年までに29例が報告されていますね。
エキノコックス症の症状
エキノコックスにかかるとどんな症状がでるんですか?
ペット(犬や猫)の症状と人の症状をまとめます。
犬・猫の症状
・基本は無症状
・便中に粘液の塊が排泄されることもある
・稀に下痢
人の症状
病期は3期あります[10]。
・潜伏期:感染後5~10年は無症状
・進行期:上腹部の不快感、発熱、黄疸
・完成期:黄疸、腹水、浮腫
海外では、犬でも幼虫の無性生殖による犬多包虫症が報告されていますが、まだ日本ではありません[11]。
ペットは無症状か下痢なんだ…
でも、人は「感染後5~10年は無症状」って長くないですか?
そこがこの病気の怖いところで、自覚症状がないまま進行するんです。
エキノコックス症の検査・診断【犬や猫の場合】
ペットが感染していないか気になる場合はどうするんですか?
糞便を検査材料として3つの検査方法がありますよ。
- 病原体の検出:虫体またはその一部(片節)の確認
- 抗原の検出:サンドイッチ ELISA 法
- 遺伝子の検出: PCR 法
動物病院で実施可能な検査は糞便検査で、糞便中の虫体または片節を証明すること(上記の 1. )です。
昔はイムノクロマト法による抗原検出キットがありましたが、今は販売されていません。
埼玉県と愛知県の報告は偶然
冒頭で埼玉県と愛知県で感染報告があったと言ってましたよね?どうして、埼玉と愛知だったんですか?
2県の発生報告は偶然の発見だったといわれています。
埼玉県の事例は県が事業として調査を実施していたからで、愛知県の事例は担当した臨床獣医師が関心をもって調べたからです。
「北海道だけの病気」と思い込んでいる獣医師も依然としていますし、人獣共通感染症に興味がない臨床家は非常に多いので、調べようとする気配もありません。
他の地域は調べられていないだけなので、実際にエキノコックスが存在しないかどうか分かりませんね。
他県におけるエキノコックス定着の可能性
厚生労働省の科学研究の報告書では、野犬発生状況とネズミの生息状況からエキノコックス定着の可能性を評価しています。
23県で「エキノコックス侵入した場合に生活環が定着する可能性が高い」とされていますね[12]。
3道県以外でも知らんぷりしないことが大切でしょう!
エキノコックス症の治療【犬や猫の場合】
ペットの治療はできるんですか?
成虫はプラジクアンテルという駆虫薬で駆除できますよ!
でも、虫卵に対する効果はありません。
駆虫薬を投与した後でも、糞便は飼い主さんへの感染源となります。
抗原検査が陰性に転じるまでは糞便の処理を適切に行う必要がありますね!
エキノコックス症の予防
多包条虫の仲間である単包条虫のワクチンが海外にはあります[13]が、多包条虫に対するワクチンは人間用・動物用ともに開発されていません。
だから、犬や猫が感染しないように気を付けるしかありません。
虫卵を摂取しないことが唯一の予防法ってことですね!
その通りです。具体的には、以下の点に注意してください!
- 犬や猫の放し飼いはしない
- 動物に接した後は手をよく洗う
- ネズミを捕食できる環境下で飼育しない(ネズミ対策を行う)
定着地で出来ること
北海道や愛知県(定着地)で生活している人が出来ることをまとめますね[10]。
- キツネや野良犬に近づかない
- キツネや野良犬の餌になる残飯や生ゴミを放置しない
- 野山の果実や山菜などを食べる場合は、よく洗う or 十分加熱してから
- 沢水や小川、井戸水などの生水は飲まない
エキノコックス症の検査【人の場合】
簡単ではありますが、人のエキノコックス症の検査[10]についてお知らせします。
現時点では寄生部位を外科的に切除するしかありませんので、悪化する前に早期発見・早期治療が大切です。
北海道では血清検査による住民健診が行われています。
道外の方はかかりつけの医療機関を通して検査機関に相談することができます。
飼い主さんへのお願い
エキノコックス症の発生は人・犬ともに道内が大半で、都府県での発生は稀です。
逆に言えば、北海道の居住歴や旅行歴があれば、本州でもエキノコックス症を疑うことが可能になります。
北海道への訪問歴がある飼い主さん&ペットは、医師・獣医師の診察を受ける際に、必ずそれをお伝えください。
エキノコックス症のまとめ
エキノコックス症についてまとめました。
日本では北海道を中心に見られる病気ですが、北海道から遠く離れた愛知県は定着地となりました。
感染した犬や猫は糞便中に虫卵を排泄するため人への感染源となりますが、適切な予防対策を行えばその危険性を最小限に抑えることができます。
獣医師は、エキノコックス症の予防や治療に関する正しい情報を提供することができます。
気になることがあれば、かかりつけの動物病院に相談してみましょう。
参考文献
[1] MORISHIMA, Yasuyuki, et al. Echinococcus multilocularis in dogs, Japan. Emerging Infectious Diseases, 2006, 12.8: 1292.
[2] NONAKA, Nariaki, et al. The first instance of a cat excreting Echinococcus multilocularis eggs in Japan. Parasitology International, 2008, 57.4: 519-520.
[3] NONAKA, Nariaki, et al. Echinococcus multilocularis infection in pet dogs in Japan. Vector-Borne and Zoonotic Diseases, 2009, 9.2: 201-206.
[4] IRIE, Takao, et al. High probability of pet dogs encountering the sylvatic cycle of Echinococcus multilocularis in a rural area in Hokkaido, Japan. Journal of Veterinary Medical Science, 2019, 81.11: 1606-1608.
[5] KERN, Petra, et al. Risk factors for alveolar echinococcosis in humans. Emerging infectious diseases, 2004, 10.12: 2088–2093.
[6] YAMAMOTO, Norishige, et al. The first reported case of a dog infected with Echinococcus multilocularis in Saitama prefecture, Japan. Japanese Journal of Infectious Diseases, 2006, 59.5: 351.
[7] MORISHIMA, Yasuyuki, et al. Canine echinococcosis due to Echinococcus multilocularis: a second notifiable case from mainland Japan. Japanese Journal of Infectious Diseases, 2016, 69.5: 448-449.
[8] 愛知県のHP 犬におけるエキノコックス症の発生に伴う注意喚起について
[9] 厚生労働省のHP エキノコックス症について
[10] 北海道のHP エキノコックス症について
[11] TOEWS, Emilie, et al. A global assessment of Echinococcus multilocularis infections in domestic dogs: proposing a framework to overcome past methodological heterogeneity. International Journal for Parasitology, 2021, 51.5: 379-392.
[12] 厚生労働省科学研究成果データベース 愛玩動物由来感染症のリスク評価及び対策に資する、発生状況・病原体及び宿主動物に関する研究
[13] WHO. Fact sheet, Media Centre. Updated May 2021 Echinococcosis
2024年5月18日 アッチーブ(獣医師&獣医学博士)
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