この記事を執筆した当時の私
獣医師/Ph.D.(獣医学博士)/大学や製薬会社で基礎研究に従事していた元研究者/ちょっと前まで犬・猫を診る臨床に従事していたが、現在はズーノーシスの予防と啓発ができる動物病院を探す求職者
修
こんちには!
獣医師の修です。
今回読んだ論文は「所有者不明の幼齢猫140頭における猫免疫不全ウイルス,猫白血病ウイルス及び猫コロナウイルスの感染状況」です。
文献の詳細情報は以下の通りです。
- PMID: N/A
- PMCID: N/A
- DOI: 10.12935/jvma.71.577
研究の背景
野良猫や地域猫といった所有者不明の猫が、猫免疫不全ウイルス(FIV)・猫白血病ウイルス(FeLV)・猫コロナウイルス(FCoV)の飼育猫への感染源として懸念されている。
しかし、日本の所有者不明猫についての疫学研究は FIV と FeLV に関する報告が僅かにあるだけで、十分な調査は実施されていなかった。
研究の目的と方法
- 大阪市の所有者不明の幼齢猫における上記ウイルスの感染状況を知ること。
- 血清中に含まれる FIV 抗体・FeLV 抗原・FCoV 抗体を検出
- FIV抗体・FCoV 抗体:FIV または FCoV を感染細胞を利用した Cell ELISA
- 抗体が検出されたサンプルはタイトレーションも行って抗体価を測定
- FeLV 抗原:抗 FeLV p27 mAb が固相化されたプレートでサンドイッチ ELISA
対象動物
2015 年 10 月~ 2017 年 11 月に大阪市動物管理センターに収容された 3~ 4 週齢と思われる幼齢猫
- 140頭
- 所有者は不明
- 比較的栄養状態が良く、かつ外見上異常が観察されなかった個体を抽出
- 目安として体重 300 g
- 抽出方法は不明
採血
採血は2回
- 1回目:獣医師会が引き取った時
- 2回目:避妊去勢手術の時(1回目の 4~ 31 週間後)
検査場所
マルピー・ライフテック株式会社(大阪府池田市)
統計解析
- 詳細な記述なし
- カイ二乗検定とあったので、たぶん「対応のある2×2の分割表」を作成後にマクマニーのカイ二乗検定を実施したと思われる。
- p<0.05で有意差ありと判定
研究結果
- FeLV 抗原は 1 回目・ 2 回目とも全例で陰性
- FIV 抗体の陽性数
- 1 回目が34 頭(24.3%)
- 2 回目が 3 頭(2.1%)
- 31 頭(91.2%)で 2 回目に陰転
- 2回目も陽性だった3頭の内2頭は抗体価が上昇
- 初回陰性であった 106 頭は 2 回目も陰性
- FCoV 抗体の陽性数は
- 1 回目が11 頭(7.9%)
- 2 回目が 20 頭(14.3%)*
- 9 頭(81.8%)が 2 回目に陰転
- 1回目で陰性であった129 頭中 18 頭(14.0%)が 2 回目で陽転
*2回目は「 2 頭(18.2%)」の間違いかな?
考察と臨床上の重要性
- 1回目でFIV 抗体陽性となった猫の 91.2%が2回目で陰転したので、初回に検出された抗体は移行抗体であろう。
- FIV 抗体が移行抗体であった割合: 94.1%(32/34)
- FIV が母子感染する可能性は高くはないが、幼齢期に FIV 抗体が検出された場合はその後の抗体の再検査や PCR 検査等による追加検査が必須
- FIV 抗体が陰性の 106 頭全例が 2 回目も陰性
- 幼齢期で FIV に感染する可能性は低い
- 収容後の飼育環境が室内であったことも大きい
- FCoV 抗体は1回目で陰性であった猫の 14.0%が 2回目で陽転
- FCoV の場合は幼齢期であってもある程度の感染機会が存在
- 感染場所は特定できないが、動物管理センターでの多頭飼育環境で感染した可能性が高い
- FeLV 抗原は 1 回目・ 2 回目とも全例で陰性
- 「一般状態が良い猫」を対象としているため、ウイルス血症を起こしているFeLV感染猫を除外した可能性あり
読んだ感想
- FIV の主な感染経路は闘争による咬傷となっている。今回の調査は、「感染成立の3要因(病原体、感染経路、宿主)」である感染経路をしっかりコントロールできれば FIV 感染対策はできるということを示していると思う。ただ、n数は少ないので FIV の母子感染の発生率に関しては評価できないと感じた。
- FCoV 感染経路は「糞便中のウイルスが経口的に侵入する糞口感染」なので、多頭飼育環境では適切な糞便処理がとても重要だと思った。ただ、糞便処理専門の職員を動物管理センターに配置することは現実的ではないよね。
- 対象動物の選定にバイアスがかかったと想像されるが、それでも、あまり注目されていない所有者不明猫を対象とした調査の意義は大きいと思う。先ずは同様の調査を各地域(例えば、47都道府県)で実施し、そこから見えてきた傾向を基に適切な調査計画を立てれば良いと思った。
- 「子猫を拾いました」という新規の飼い主さんは多いので、FIV/FeLVの検査の重要性をしっかりインフォームしたいと思った。
2024年1月27日 修(獣医師&獣医学博士)
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