この記事を執筆した当時の私
獣医師/Ph.D.(獣医学博士)/大学や製薬会社で基礎研究に従事していた元研究者/ちょっと前まで犬・猫を診る臨床に従事していたが、現在はズーノーシスの予防と啓発ができる動物病院を探す求職者
修
こんちには!
獣医師の修です。
6回目のジャーナルクラブは “Effects of rapid intravenous 100% L-isomer lactated Ringer’s administration on plasma lactate concentrations in healthy dogs” です。
文献の詳細情報は以下の通りです。
- PMID: 25142729
- PMCID: N/A
- DOI: 10.1111/vec.12213
研究の目的
乳酸リンゲル液を急速に静脈内投与することによって、健常犬の血漿中乳酸濃度は上昇するかどうかを検討すること。
研究デザイン
4週間のウォッシュアウト期間を設けたクロスオーバー試験(前向き研究)
前向き研究
- 疫学調査法の1つ
- 要因に暴露した群と暴露しない群をあらかじめ定義された集団から選び、将来に向かって対象疾病の発生を観察し両者の発生率を比較
- 今回は「対象疾病」が「血漿中乳酸濃度の上昇」に置換
クロスオーバー試験
- 対象犬を実験群と対象群の2群に分けて介入
- 結果を比較
- 一定の期間(=ウォッシュアウト期間)の設定
- 実験群と対照群を入れ替えて再度介入
- 結果を比較
- メリット:ランダム化比較試験に比べて少ないサンプルサイズでも実施可能
- デメリット:持ち越し効果が発生する(実験群⇒対照群となった場合に、実験群の影響が出る)可能性あり
実施場所
モントリオール大学付属の動物病院
対象動物
健康な成犬のビーグル(6匹)
介入の有無
以下の介入を行った。
- 乳酸リンゲル液を180 mL/kg/hr で1時間投与
- 4週間のウォッシュアウト期間
- 生理食塩液を180 mL/kg/hr で1時間投与
測定項目とその方法
- 測定項目:血漿中の乳酸濃度
- 採血
- ベースライン時(T0)
- 投与中(T10~T60)
- 投与後1時間(T120)
- 血液ガス分析
- T0
- T60
- T120
統計解析
- 反復測定:1元配置分散分析(1 way ANOVA)or 2元配置分散分析(2 way ANOVA)
- 群内分析:Dunnettの補正を用いたpost hoc検定
- 群間分析:Bonferroniの補正を用いたpost hoc検定
研究の主な結果
- T0では群間に差はなし
- 反復測定:介入群のT0はT120を除く他のすべての時点より血漿中乳酸濃度が有意に低い
- 群間比較:T50とT60では介入群は非介入群より血漿中乳酸濃度が高い
結論
健康な犬に乳酸リンゲル液を急速に静脈内投与すると、10分以内に血漿乳酸濃度が上昇し、投与中止後60分以内にベースライン値に戻る。
論文を読んだ感想
かつて勤務していた病院で「高乳酸血症の症例に乳酸リンゲルを投与してはいけない」と教わったが、今回の論文を読んで、その理由が大切だと感じた。
- 測定器は嫌気性代謝由来の乳酸と乳酸リンゲル由来の乳酸ナトリウムを区別できない。だから、組織の循環の程度を推測する目的で乳酸濃度をモニタリングしている場合、乳酸リンゲルの投与で乳酸濃度が上昇して「測定の意義なし」となってしまう。これは「高乳酸血症の症例に乳酸リンゲルを投与してはいけない」合理的な理由となる。
- 一方で、乳酸リンゲルの輸液で乳酸アシドーシスが悪化すると考えている場合、イメージ先行の非科学的な理由である。乳酸リンゲル液に含まれているのは「乳酸ナトリウム [CH3CH(OH)COONa]」で、水溶液中では “CH3CH(OH)COONa → CH3CH(OH)COO⁻ + Na⁺” となる(弱酸なので完全には電離しないと思うけど)。”H+” が発生しないのでアシドーシスにはならない。
- 加えて、私の理解では、乳酸アシドーシスは電離した “H+” の蓄積が原因であり、乳酸イオンの蓄積が原因ではない。ミトコンドリアの電子伝達系が機能していないから ATP 生成ができない。ATP 生成ができないと “H+” が消費されないのでアシドーシスの原因となる。だから、仮に乳酸リンゲル液に含まれているのが「乳酸( “CH3CH(OH)COOH → CH3CH(OH)COO⁻ + H⁺” )」でも、「高乳酸血症≠乳酸アシドーシス」となるであろう。
ただ、日本薬局方のL-乳酸ナトリウムリンゲル液の添付文書は気になる。
禁忌(次の患者には投与しないこと)高乳酸血症の患者[高乳酸血症が悪化するおそれがある。]
って書いてあるけど、これはどういう意味なのだろうか?
2024年1月13日 修(獣医師&獣医学博士)
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