この記事を執筆した当時の私
獣医師/Ph.D.(獣医学博士)/大学や製薬会社で基礎研究に従事していた元研究者/ちょっと前まで犬・猫を診る臨床に従事していたが、現在はズーノーシスの予防と啓発ができる動物病院を探す求職者
- 犬や猫はパスツレラ菌を保有していても無症状であることが多い
- 何らかの基礎疾患を有している人では重症化しやすい
- 犬や猫に咬まれたら医療機関の受診が必要
こんちには!
獣医師の修です。
今回はパスツレラ症ついて解説していきます。
哺乳類や鳥類の口腔に常在するパスツレラ菌が人に感染しておこる病気です。
人への感染は犬・猫による咬掻傷や犬・猫との濃厚接触で起こります。
犬や猫はパスツレラ菌を保有していることが多いのですが、獣医師による啓発や衛生指導が十分にできていないのが現状です。
本記事で、飼い主さんに知って欲しいパスツレラ症の実態をお伝えしようと思います。
この記事のゲスト:大翔さん
高校2年生。獣医師に憧れ、獣医学部(獣医学科)への進学を目指している。
パスツレラ症の基礎知識
パスツレラ菌ってどこにいるんですか?
パスツレラ菌は、哺乳類(ヒトを除く)と鳥類の口腔および上部気道に常在する細菌です。
パスツレラ症って怖いんですか?
重症例では肺炎や髄膜炎などを発症して死亡した報告もあります。
中高齢での感染が多いため、何らかの基礎疾患を有している人では重症化しやすいため、高齢化の進行が著しい日本では感染者が増加すると予想されています。
パスツレラ症の原因
原因菌について教えてください。
パスツレラ症の原因はパスツレラ属 (Pasteurella spp.)の細菌で、多くはパスツレラ菌 (P. multcida) が原因です。
人への感染経路は、犬や猫による咬掻傷や犬・猫との濃厚接触による呼吸器感染になります。
犬は5頭に1頭(21.1%)が、猫は4頭中3頭(75.0%)がそれぞれ口腔内に P. multocida を保有しています[1]*。
また、猫では爪にもパスツレラ菌が存在するという報告[2]もあります。
濃厚接触ってどんな状態ですか?
猫とキスをする人の口腔内からパスツレラ属菌が分離されるという報告があります[3]。
ペットとのスキンシップを大切にしたい飼い主さんもいると思いますが、動物との過剰な触れ合い(キスや口移しでフードを与えるなど)は止めてくださいね。
*パスツレラ菌の保有割合は参照する文献により異なります。他の文献も考慮すると、犬の10〜60%が口腔内に保有し、猫の60〜90%と20〜25%が口腔内と爪にそれぞれ保有しています。
パスツレラ症の症状
パスツレラ症になると、どんな症状がでるんですか?
ペット(犬や猫)の症状とヒトの症状をまとめますね!
犬・猫の症状
- パスツレラ属菌は、犬や猫の口腔内常在菌なので基本的には無症状ですが、血中に移行すると肺炎・髄膜炎・敗血症などを発症することがあります。
- 闘争による咬掻傷や自咬で受傷部の疼痛や化膿を引き起こすことがあります[4]。
- パスツレラ菌が口腔内にいると口臭が生臭く**なります。歯石や歯肉炎などの問題が無いのに口臭が気になるのは、パスツレラ菌が口腔内にいるからかもしれません。
**専門書などでは「精液臭」と表現[5]
ヒトの症状
- 咬掻傷では、受傷部の疼痛・発赤・腫脹・熱感が起こります。症状が出るのがとても早く、30分~1時間くらいで発症する人もいます。進行すると悪臭を伴う液体(滲出液や膿)が受傷部から出てきます。
- アルコール性肝障害や糖尿病などの基礎疾患を有している人では重症化しやすいです[5-7]。
- 呼吸器感染は、軽度の咽頭痛から肺炎まで症状にバラつきがあります。咬掻傷の場合と同じく、何らかの基礎疾患を有している人では重症化しやすいです。
- 重症例では死亡例も報告されていますので、猫や犬に咬まれたら早急に医療機関を受診してください。
パスツレラ症の検査・診断【犬や猫の場合】
ペットにパスツレラ菌がいるか検査してもらうことはできますか?
実験室レベルでは、鼻汁・膿・血液などを検査材料とした分離培養とPCRや質量分析装置による菌種同定検査による診断が可能ですが、動物病院レベルでの実施することは難しいでしょう。
動物病院で出来ることは、グラム染色後に顕微鏡観察してパスツレラ属菌の関与を疑うところまでです。
検査サービスを提供している民間企業がありますので、動物病院がそのサービスを利用していれば、培養・感受性試験を依頼をすることが可能でしょう。
まずかかりつけの動物病院に相談してみてください。
パスツレラ症の治療【犬や猫の場合】
もし、ペットにパスツレラ菌がいるって分かったら治療してもらえますか?
パスツレラ属菌は、犬や猫の口腔内常在菌なので無症状の場合は治療は行いません。
自咬や闘争による咬掻傷で受傷部が悪化した場合や肺炎・髄膜炎などを疑う症状がある場合は治療対象となります。
パスツレラ症の予防と対策
飼い主さんがパスツレラ症にならない方法を教えてください。
残念ながら、パスツレラ症に対するワクチンは、人用・動物用ともに開発されていません。飼い主さんは、犬や猫から感染しないように気を付けるしかありません。
具体的には、以下の点に注意してください。
- 野良猫には近づかない
- ペットの爪は定期的に切っておく
- 興奮している動物には手を出さない
- 動物と触れ合った後は手をよく洗う
- 傷やかさぶたを動物に舐めさせない
- 室内飼育でも寝室にペットは入れない
- 動物との過剰な触れ合い(キスなど)は避ける
- 遊びでもペットを手荒に扱わない(咬んだり、引っ掻いたりする原因)
- 子供(特に小学生以下)がいる場合、子供とペットだけにしない(大人が同伴)
医療機関を受診する方へ
ペットを飼育していれば咬まれたり引っ搔かれてしまう機会は常にあります。
どんなに気を付けていても、起きてしまう場合はあるでしょう。
もし、医療機関を受診する際は受傷の詳細を担当者に伝えてくださいね。
よろしければ、以下のフォーマットをご利用ください。
救急安心センター事業または子ども医療電話相談事業の利用
こんな傷で病院に行っても良いのかな?って迷うことがあるんだけど…
もし、「具合が悪いけど病院に行った方がいいのかな…」と迷っていたら、救急安心センター事業(♯7119)を利用しましょう!
医師・看護師などが症状を聞き取り、緊急性や受診の必要性を判断してくれます。
自身ではなくお子様の場合は、子ども医療電話相談事業(♯8000)を利用しましょう!
小児科医師や看護師が症状を聞き取って、緊急性や受診の必要性を判断してくれます。
ペットの飼育状況もシェアしてください
呼吸器感染を疑う患者さんも報告されています[8-9]。
その場合は医療機関側が動物との接触歴を把握することが重要となります。
体調不良などで医療機関を受診される際はペットの飼育状況も担当者とシェアしてください。
こちらのフォーマットをご利用ください。
パスツレラ症のまとめ
パスツレラ症についてまとめました。
パスツレラ菌は犬や猫の口腔内常在菌で、犬や猫は基本的には無症状です。
飼い主さんは、犬や猫がパスツレラ菌を持っている前提でペットとの生活しなければなりません。
そして、ペットとの距離間を適切に保つことができれば、パスツレラ菌に感染する可能性を減らすことができます。
ただ、注意していてもペットに咬まれたり・引っ掻かれたりすることはあるでしょう。
その場合は、様子を見ることなく、医療機関を受診してください。
特に、免疫系が十分に発達していない小児や免疫力が低下している高齢者は重症化する可能性があります。
これまでの経験や勘で判断することないようお願いいたします。
分かりました!
今日はありがとうございました。
こちらこそ、最後までお付き合いいただきありがとうございました。
参考文献
[1] 荒島功, et al. 人畜共通感染症としての外科材料およびイヌ・ネコの口腔内より分離された Pasteurella multocida に関する検討. 感染症学雑誌, 1986, 60.4: 311-314.
[2] 片岡康. 人獣共通感染症 (ズーノーシス): 犬猫における細菌性ズーノーシス. 日本臨床微生物学雑誌= The journal of the Japanese Society for Clinical Microbiology, 2014, 24.2: 93-98.
[3] 荒島康友, et al. 人畜共通感染症としての Pasteurella multocida の臨床細菌学的研究 (1) イヌ, ネコ, ヒトの Pasteurella 属保有状況と, ペットとのキスによる保有率への影響. 感染症学雑誌, 1992, 66.2: 221-224.
[4] 木村唯, et al. 1 動物病院における伴侶動物のパスツレラ感染症発生状況と治療成績
[5] 荒島康友, et al. 精液臭を伴った浸出液を認めたパスツレラ症の 2 例. 感染症学雑誌, 1999, 73.6: 623-625.
[6] 岩佐勉, et al. 猫による咬傷から Pasteurella multocida 敗血症を来したアルコール性肝硬変の 1 例. 肝臓, 2004, 45.11: 598-602.
[7] 野下祥太郎, et al. 猫咬傷を契機に Pasteurella 腹膜炎をきたした肝硬変の 1 例. 肝臓, 2017, 58.9: 504-509.
[8] 荒島康友, et al. ネコ由来と推測される Pasteurella multocida subsp. multocida によるヒトの気道感染症. 感染症学雑誌, 1990, 64.9: 1200-1204.
[9] 島津翔, et al. 新潟県の地域中核病院におけるパスツレラ感染症について. 感染症学雑誌, 2023, 97.5: 162-170.
2023年12月17日 修(獣医師&獣医学博士)
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