家畜伝染病の侵入を阻止!動物検疫と日常生活への影響~畜産業とは縁がない人にも関係がある話~
- 海外から肉製品や生野菜の持ち込むには証明書や検査が必要
- 家畜や植物の伝染性疾病の発生が日常生活に与える影響
- お土産品の中で感染力を保ったままのウイルスが潜んでいた話
こんちには!
獣医師のアッチーブです。
2023年4月から新型コロナウイルス感染症に係る入国制限が撤廃されました。
また、現在は春節に合わせた大型連休の影響で日本と中国の間で人や物の移動が活発になっていますね。
インバウンドによる日本の経済や地域活性化を期待する一方で、私は獣医師として懸念していることがあります。
それは人や物の移動に伴う家畜疾病の持ち込みです。
「なぜ、そんなことをコラムで書くの?」と疑問に感じた人もいるかもしれませんね!
「畜産業を営む人は気にするだろうけど、犬や猫の飼い主には関係ない話でしょ!」と考える人もいるでしょう。
でもね、そんなことはないんです!
畜産業に関わっていない人にも関係がある話だし、そういう人にこそ知って欲しい事があるんです!
今回は農林水産省の動物検疫所の話を中心に、畜産業とは縁がない人にも関係がある家畜疾病の話をまとめます。
この記事のゲスト:由美子さん
60代の主婦。子供たちは自立し、余裕ができたので猫を飼い始めた。畜産業に関わったことはない。
動物検疫とその目的
動物検疫とは、自国に動物の病気が侵入するのを防ぐために行う検疫制度のことで、世界各国で行われています。
家畜やペットの病気(伝染性疾病)が海外から持ち込まれるのを防ぐため、日本も動物検疫は行っているし、そのための検査機関もあります。
それは農林水産省の動物検疫所で、対象物(以下参照)の輸入検査を行っています。
- 牛、豚、馬、鶏などの家畜とその肉製品などの畜産物
- 犬や猫などのペット
- サル類
- 一部の魚類
また、動物検疫の目的は海外から伝染性疾病が国内に侵入することを防止するだけではありません。
外国に伝染性疾病を拡げるおそれのない動物 ・畜産物を輸出するという目的もあるので、輸出検査も行っています。
生きた動物が対象なのは何となく分かるけど、どうして肉などの畜産物も対象なの?
質問ありがとうございます!
実は、動物が畜産物となった後も、伝染性疾病の原因となる微生物は感染性を維持することがあるんです。
へぇ~、じゃあ、動物を連れていなくて肉製品だけのつもりでも、そこには病原体は潜んでいるかもってこと?
その通りです。
事実、空港においてお土産(携帯品)として持ち込まれた肉製品から伝染性疾病の原因微生物やその遺伝子が検出された例が複数報告されているんです。
そうなのね…
知らなかったわ。
動物検疫所の仕事
海外からの動物や畜産物の輸入形態は大きく3つあります。
- 商業活動(船舶・航空貨物による生体・畜産物の輸入)
- 入国者が持ち込む携帯品
- 国際郵便物
生体・畜産物の輸入
生体や商用畜産物の輸入は、伝染性疾病が発生している地域からは禁止されています。
また、伝染性疾病が発生していない地域からの輸入であっても、あらかじめ輸出国での輸出検査を受け,さらに日本でも輸入検査を受ける必要があります。
かなり厳しめのルールが設定されていますので、商業活動を介した伝染性疾病の侵入は起こりにくいでしょう。
入国者や帰国者の持ち込み
入国者や帰国者が持ち込む携帯品は、輸出国での輸出検査を受けていない物品であることが多いです。
国内へ伝染性疾病が侵入する可能性が非常に高いので、動物検疫所は携帯品の検査を強化しています。
国際郵便物
個人間でやり取りされる国際郵便物も輸出国での輸出検査を受けていない物品がほとんどでしょう。
携帯品と同様に、動物検疫所では国際郵便物の検査も強化しています。
空港や港にある動物検疫所の職員は、これらの物を介して伝染性疾病が国内に侵入するのを防ぐために日々奮闘しています。
その重要な任務を担っているのが検疫探知犬です。
検疫探知犬の活用
検疫探知犬は特殊な訓練を受けており、乗客が持ち込み不可の荷物を持っていないかを嗅ぎ分けることができます。
そして、持ち込み不可の荷物を見つけると「おすわり」で合図してくれます。
検疫探知犬キャラクター「クンくん」による動画説明がYouTubeにありますよ!
家畜防疫官による水際検疫
検疫探知犬の合図を指標に、動物検疫所の職員である家畜防疫官は以下の職務にあたっています。
- 出入国者に対する質問権限の行使
- 高リスク便に対する携帯品検査の重点実施
- 畜産物の違法な持込みに対する対応の厳格化
植物の検査を行う植物検疫所
海外から持ち込まれるのを防ぐのは動物の伝染性疾病だけではありません。
植物の伝染性疾病や植物に潜む害虫(ミバエやゾウムシなど)も同様に法律で規制されており、探知犬と植物検疫所の職員が日々奮闘しています。
日常生活にも影響がでる伝染性疾病が発生
冒頭で畜産業じゃない人にも関係があるって言ってたじゃない?
はい!
伝染性疾病が海外から侵入すると、一般の人の日常生活にも影響が出ます。
あまりピンとこないんだけど、具体的には?
それでは、いくつか具体例をお話しますね!
- イタリアの生ハムの輸入停止
- 鶏卵の価格高騰
- 日本産畜産物の輸出停止
- アサガオの栽培制限
イタリアからの輸入停止
2022年1月、アフリカ豚熱に感染したイノシシがイタリアで見つかりました。
日本は家畜伝染病予防法という法律に基づいて、豚肉とその加工品のイタリアからの輸入をすぐに停止しました。
イタリア産の生ハムは購入できなくなり、代わりにスペイン産の生ハムが販売されるようになりました。
生ハム好きにとって、イタリア産とスペイン産の違いは重要ですよね!
家畜の伝染性疾病の発生は、そういった「食」の楽しみを我々から奪います。
鳥インフルエンザで鶏卵の価格が高騰
国内で鳥インフルエンザが発生すると、発生農場の半径3~10 km の範囲にある農場に移動制限や搬出制限がかかります。
市場への鶏卵供給が止まってしまうので、卸売価格&仕入価格の両方が高騰します。
その影響は消費者の負担に直結するんですよね…
2022年10月くらいから卵自体の値段や卵を使った食品(オムライスやケーキなど)の値段が一気に上がったでしょ!
日本産畜産物の輸出停止
2018年、岐阜県の養豚場で豚熱(当時の呼称は豚コレラ)の発生が確認されました。
事態は発生農場だけでは収まらず、野生のイノシシでも発生は確認されたんです。
農場だけの発生なら自治体レベルで制御可能ですが、それが野生動物にまで拡大すると行政ではコントロールできません。
そして、2019年には他県にも豚熱が拡大し始めました。
当時、日本は豚熱が26年間発生していない清浄国として、豚肉の輸出に関しては国際競争で優位な立場でしたが…
感染拡大を防ぐ目的でワクチン接種を行ったので清浄国ではなくなり、日本産豚肉の輸出制限やブランド力の低下が起きました。
アサガオの栽培制限
2022年の秋ごろ、サツマイモなどに寄生する害虫「アリモドキゾウムシ」が静岡県で確認されました。
アリモドキゾウムシは、ヒルガオ科の植物であるサツマイモやアサガオなどに寄生する害虫です。
発生区域では、その根絶が確認されるまでサツマイモやアサガオの栽培が禁止されるため、その影響は家庭や学校などにも拡がっています。
伝染性疾病の侵入を防ぐために一般人が出来ること
海外からの伝染性疾病の侵入を防ぐために私たちが出来ることは何なの?
質問ありがとうございます。小学校や中学校では教えないので知らない人が多いのですが、実は出来ることがありますよ~
- 海外からの持込みを未然に防ぐ
- 海外から持ってこない
海外からの持込みを未然に防ぐ
輸入できない畜産物や農産物の持込みを未然に防ぐ取組みが大切です。
日本に来る旅行客はお土産として肉製品や生野菜を持ってくることがありますが、それらは検査証明書が無ければ持ち込むことができません。
しかし、それを知らない旅行客は多いです。
旅行客を受け入れる宿泊施設や日本にいる友人・知人がそれを周知させることができれば、持込みを未然に防ぐことができますね!
でも、英語はできないし…それ以外の言語はもっと分からないわ…
大丈夫ですよ!
動物検疫所や植物検疫所のホームページには、英語・中国語(簡体字、繁体字)・タガログ語・ベトナム語の動画も用意されています。
日本を訪れる準備段階にある方々に、これらを活用して日本のルールを周知できれば素晴らしいですね!
また、外国人の受け入れをしている雇用主や教育機関の方も同じことが実践できます。
外国人就労者・実習生・留学生に日本のルールを教えてあげてください!
海外から持ってこない
これは海外旅行や海外出張から帰ってくる日本人ができることです。
畜産物や農産物の持込み制限は日本人にも適用されます。
現地で食品類のお土産を購入する時は、それが日本へ持ち込み可能かどうかを事前にチェックしましょう!
故意でない場合でも、悪質と判断されれば警察に通報され、3年以下の懲役 or 300万円以下(法人の場合は5,000万円以下)の罰金が科せられますので注意してくださいね!
そして、意外と知られていないのが機内食です。
たとえ機内食であっても、肉や生野菜を使用しているものは持ち込むできません。
「今はお腹いっぱいだから、日本に着いた後で食べよう!」はできないので、機内で完食するか廃棄してくださいね!
ヤバい教職員の話
私が学生だった頃、学会発表や実習で海外出張に何度か行きました。
その時同行した教職員の驚きの行動は今でも忘れません。
その人も獣医師の資格を持っていたのですが、堂々と肉製品のお土産を購入しようとしていたのです。
以下はその当時のやり取りを再現したものです。
獣医師として、それどうなんですか?
ちょっとぐらい大丈夫だよ~
えっ!?本当ですか?
それを空港で伝えても問題ないですか?
ダメに決まっているでしょ!
じゃぁ、止めてくださいよ!
〇〇先生、本当に獣医師なんですか?
・・・
信じられないですよね!?
獣医師としても変だし、それを学生の前で堂々とやるのも変だし…
幸い、〇〇先生は私の前では肉製品の購入を止めてくれました。
不正に手を染める職人さん
業界・組織などの常識が世間の常識よりも大事になってしまう職人さんは多いですよね!
おそらく、〇〇先生は、自身が学生だった頃に自分の先輩や教官が同じことをやっているのを目撃したのでしょう。
自分はそれを見て見ぬふりしたし、実際問題は起きなかった。
こういった「今までこれで問題が起きたことがない」という経験論が優先される限り、こういう人は存在し続けるでしょうね。
アフリカ豚熱の脅威
最後に、日本が最も侵入を恐れている家畜の伝染性疾病のアフリカ豚熱(African swine fever [ASF])を簡単に紹介します。
名前からは「アフリカ大陸の病気」と想像する人が多いかもしれません。
でも実際は、ヨーロッパ、アジア、中米でも発生が確認されています。
アフリカ大陸の外へ拡大が始まったのは、2007年の春ごろからですね。
ヨーロッパのジョージア(旧グルジア)でASFの発生報告があり、その後、ロシアや東ヨーロッパ諸国にも発生が拡大していきました。
2018年の夏には、アジア地域で初のASF発生が中国で確認され、ベトナム、タイ、韓国などにも感染が拡大しています。
アジアで発生していないのは日本と台湾だけ。
2021年には中米地域での発生報告もあり、ドミニカ共和国やハイチで発生が確認されているよ。
豚熱とも名前が似ていますが、原因となるウイルスは全く違う種類です。
また、豚熱と違ってまだワクチンも開発されていません。
日本に入りこんでしまったら、日本が受けるダメージは豚熱以上でしょう。
実際、空港において携帯品として持ち込まれた肉製品からASFのウイルスが分離されています。
感染力を保ったままのウイルスが日本の入り口まで来ているんですね!
そんなことが起きているなんて知らかったわ…
残念ながら、こういう話は受験とは縁がないので学校では教えてくれません。
だから、知らない人が多いのは仕方ないでしょう。
先ずはこの事実を皆さんに知って欲しいと思います。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
2024年2月14日 アッチーブ(獣医師&獣医学博士)
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