- トキソプラズマ症の原因と対策
- 感染歴のない女性さんが感染歴のない猫を飼育する場合は注意が必要

こんちには!
獣医師のアッチーブです。
今回はトキソプラズマという病気を説明していきます。
「妊婦は猫を飼うべきではない」という話を聞いたことがある人もいるかもしれません。
その理由は猫のトキソプラズマ症が人の先天性トキソプラズマ症の原因の1つだからです。
読者の中には「猫=悪者」であるといったイメージをお持ちの方もいるでしょう。

私は獣医師として、必ずしも「猫=悪者」ではないと主張します。
この記事では、トキソプラズマ症がどんな病気で、何が危険で、対策はどうしたら良いのかを説明していきます。
「猫=悪者」というイメージをお持ちの方に読んでいただければ幸いです。
この記事のゲスト:大輔さん
40代、2人の娘がいる父。猫派閥で地域猫活動が趣味。
トキソプラズマ症の基礎知識

トキソプラズマ症の原因って何ですか?
ばい菌が原因ですか?

いいえ!
トキソプラズマという寄生性の単細胞生物(原虫)による感染症です。

寄生虫ってこと?

そうですね!
寄生虫の仲間と考えると分かりやすいでしょう。
トキソプラズマは、ほぼ全ての哺乳類・鳥類に感染し、人にも感染します。
健康な人が感染した場合は無症状(不顕性感染)or 軽症のみで、その後は生涯にわたり保虫者となります。
一方、免疫力が低下した人(AIDS患者など)では重篤な症状を引き起こす可能性があるので注意が必要です。
また、先天性トキソプラズマ症は、流死産や胎児に精神遅滞、視力障害、脳性麻痺などの症状をもたらすことがあります。

このため「妊婦は猫を飼うべきではない」という主張が昔からあり、猫は悪者扱いされてきました。

それ、聞いたことがあるよ!
俺は猫好きだから妻が妊娠したときも「大丈夫かな?」って心配だったし、これからは娘たちも注意してもらわなきゃって思ってるんだよね。

なるほど。そうだったんですね。
せっかくなので、この機会にトキソプラズマについてちゃんと説明させてください!

ちゃんと?

はい!
猫は必ずしも悪者ではないということをお伝えしたいです。

それって、妊婦さんとか妊娠を考えている女性でも猫が飼えるってこと?

その通りです!
気をつけるべきポイントを守ることができれば猫からの人への感染を防ぐことは可能です。
過剰な不安や恐れはいけません。
トキソプラズマの感染源として猫が重要であることは事実ですが、正しく恐れる必要があります。
トキソプラズマ症の原因

トキソプラズマってどうやって人に感染するの?

トキソプラズマ(Toxoplasma gondii)という原虫が人に感染するパターンは4つです。
①食肉に潜伏している虫体(シスト)の経口摂取
②猫の糞便中に排出された虫体(オーシスト)の経口摂取
③オーシストで汚染された土壌・水・野菜からの間接感染
④先天性トキソプラズマ症(妊婦がトキソプラズマに初感染した場合の垂直感染)

空気感染はしません!

感染猫に触れただけでも感染しません。

でも、感染猫の糞便に含まれる虫体(オーシスト)が口や目に入ると感染します。
猫だけが悪者扱いされる理由

ほぼ全ての哺乳類・鳥類に感染するのに、どうして猫だけが悪者扱いされるんですか?

猫以外の動物(人を含む)が感染した場合、トキソプラズマは筋肉や脳に潜伏するだけです。生涯にわたって体外に出てくることはありません。
でも、猫が初めてトキソプラズマに感染した場合、糞便中にオーシストを排出します*。
猫は「他の動物や人への感染源となる」から「悪者扱い」されてしまうのです。
感染歴のない猫は危険

やっぱり、猫は危険なんでしょ?

その言い方は正しいですけど、正確ではありませんよ。
全ての猫が感染源になるわけじゃないからね!
猫がオーシストを排出するのは、トキソプラズマに初めて感染した時だけです*。
過去に感染したことがある猫は、再び感染しても糞中にオーシストは排出しません。

ってことは?

要は、感染歴のある猫であれば、人への感染源にはならないってこと!

逆に、感染歴のない猫は人への感染源になる可能性があります。
いつ感染してオーシストを排出するのか分からないからですからね。
過去の報告では、飼育猫の約5%にトキソプラズマ感染歴があるとされています[1]。
単純に考えて、95%の猫は「感染歴のない猫」という意味です。
*厳密には、猫の免疫機能が低下すると少量のオーシスト排出が起こる可能性があります[2]。これについては記事の後半で説明しています。
肉の生食も感染源
生肉や加熱不十分な肉の食肉は、肉に潜伏している生きた虫体(シスト)を経口摂取することになります。
「羊肉や豚肉だけ」と勘違いされている人もいますが、トキソプラズマはほぼ全ての哺乳類・鳥類に感染しますので、羊肉や豚肉に限った話ではありません。
また、野生動物の肉を用いたジビエ料理が注目を集めており、生や加熱不十分な状態で食べることを勧める猟師や料理人もいます。

どんな動物の肉であっても、生肉や加熱不十分な肉を食べないこと。
これが食物由来のトキソプラズマ感染を防ぐ上で重要です。
お肉を食べる場合はしっかりと加熱調理を行いましょう。
トキソプラズマ症の患者数
トキソプラズマ症は感染症法に基づく届出疾患ではありません。
また、現状を調べる調査も行われていません。

だから、トキソプラズマ症の患者数は先天性トキソプラズマ症を含めて正直分かってないんです。
ただ、2013年4月~2022年1月まで間に17例の症例報告があるようです[3]。
患者数が少ないために、獣医師も医師も病気の存在自体を軽視している傾向があります。
トキソプラズマ症の症状

トキソプラズマにかかるとどんな症状が出るの?

ペット(犬や猫)の症状と人の症状をまとめますね!
犬・猫の症状
- 多くの場合は無症状または軽微な症状(発熱、元気消失など)を示す程度
- 稀に肺炎、胃腸炎、脳炎など。でも、症状からトキソプラズマの感染を疑うのは困難
- 臨床家の間では「抗菌薬に反応しない炎症性疾患」と表現
人の症状
- 多くが無症状
- 免疫不全状態(免疫抑制剤を内服中の方やAIDSの方)では症状がでる可能性があり
妊婦の症状
- 妊娠中に初めてトキソプラズマに感染した場合、流産や胎児の先天障害の原因[4]
- 妊娠前にすでにトキソプラズマに感染していた場合、妊婦さんはトキソプラズマに対する免疫あり
- 産婦人科などの医療機関で感染歴を確認
なお、妊婦におけるトキソプラズマ抗体検査は必須ではないため、実施していない施設もあります[5]。
ただ、希望すれば多くの医療機関で受けられる検査ですので、担当医師に積極的に確認してみましょう。
後述しますが、飼い主さんの抗体の有無で必要な対策が変わりますので、抗体検査をすることをオススメします。
トキソプラズマ症の検査・診断【犬や猫の場合】

トキソプラズマの検査について教えてください。
飼い主またはその家族がトキソプラズマの感染歴がない場合、動物病院で飼育猫のトキソプラズマ感染状況を検査する必要があります。
糞便検査
飼っている猫が現時点で感染源となっているかどうかを知る方法は、猫の糞便中に排出されるオーシストを検出する糞便検査が有用です。
ただし、トキソプラズマのオーシストは 10 μm 程度と非常に小さく、慣れていない者は見逃す可能性があります。
そのため、糞便検査は後述する抗体検査の補助的な検査法という位置づけです。
PCR検査
一部の検査機関では、糞便をサンプルとしたトキソプラズマ遺伝子検査を実施しています。
動物病院がその検査機関と提携していれば検査サービスを利用することができるでしょう。
かかりつけの動物病院で実施できるかを問い合わせてから受診してくださいね。
抗体検査
一部の検査機関では、血液をサンプルとしたトキソプラズマ抗体検査を実施しています。
動物病院がその検査機関と提携していれば検査サービスを利用することができるでしょう。
かかりつけの動物病院で実施できるかを問い合わせてから受診してくださいね。
猫がすでにトキソプラズマに感染し一定期間が経過している場合、猫の血液中にはトキソプラズマに対する抗体が生成されています。
飼育猫がこの抗体を持っているかどうかを調べることで、その猫がオーシストを排出する可能性があるかどうかを予測することができます。
抗体検査が陰性だった場合の解釈

飼育猫の抗体検査が陰性だった場合は2つの解釈ができます。
①飼育猫はトキソプラズマの感染歴がない(図の①)
②飼育猫は最近トキソプラズマに感染したばかりで抗体が生成されていない(図の②)
①の場合、将来いつトキソプラズマに感染してオーシストを排出するようになるか分かりませんので、飼い主やその家族への感染源として注意が必要です。
②の場合、すでにオーシストを排出中 or しばらくしてオーシストの排出が始まるため、飼い主やその家族への感染源として注意が必要です。
抗体検査が陽性だった場合の解釈

飼育猫の抗体検査が陽性だった場合も2つの解釈ができます。
③飼育猫は少し前にトキソプラズマに感染しオーシストを排出している(図の③)
④飼育猫はトキソプラズマの感染歴がある(図の④)
③の場合、飼い主やその家族への感染源として注意が必要ですが、オーシストの排出は10~21日で終了します。
④の場合、過去にトキソプラズマに感染しており、オーシストの排出は終了しています。
トキソプラズマ症の治療【犬や猫の場合】
トキソプラズマ症を可能性がある場合は確定診断する方法がありませんので**、治療的診断を行うことになります。
具体的にはクリンダマイシンという薬が処方されるでしょう。
内服によって症状が改善すれば、トキソプラズマ症の可能性が高いと判断できます。
**厳密には症状が出ている時の血液とそこから2~4週間経過した時の血液中の抗体の量を比較することで確定診断することはできます。
トキソプラズマ症の予防【猫からの感染を防ぐ】

結局、猫を飼いたい女性はどうすれば良いの?

飼い主またはその家族にトキソプラズマ感染歴が確認できる場合とできない場合で必要な対策が変わります。
すでに感染歴がある場合

飼育猫の抗体検査は必須ではありません。
ペットと触れ合う上での基本的な事項(動物に触れたら手を洗うなど)を守って猫との有意義な時間を楽しんでください!
まだ感染歴がない場合

飼育猫の抗体検査を動物病院で依頼しましょう!
猫の抗体検査が陰性だった場合
飼育猫の抗体検査が陰性だった場合、飼育猫がいつトキソプラズマに感染してオーシストを排出するようになるか分かりません。
野外に出る習慣のある猫や生肉を与えることがある場合、現在オーシスト排出中である可能性もあります。

飼育猫からの感染を防ぐために以下の内容を守ってください。
①猫のトイレ掃除では手袋を着用
②猫のトイレ掃除は1日2回以上

飼育猫にトキソプラズマが感染しないように以下の内容を守ってください。
③猫を屋外へ出さない
④猫に生肉や加熱不十分な肉を与えない
猫の抗体検査が陽性だった場合
飼育猫の抗体検査が陽性だった場合でも、「オーシストを排出中」と仮定して3週間は注意しましょう。

具体的には上記の①と②を徹底するようにしてください。
3週間以上経過したら、その後オーシストを排出する可能性は非常に低いので安心して良いでしょう。
ただ、糞便中にはトキソプラズマ以外の微生物もたくさんいますので、糞便処理の際は手袋の着用をするに越したことはありません。
野良猫からの感染を防ぐ
まだ感染歴がない方で、ご自宅に庭や菜園などがあり、そこへ野良猫が来る環境がある場合は注意が必要です。
オーシストの感染性は土壌中や水中でも維持されますし、石鹸や消毒薬ではオーシストを不活化することができません。
だから、野良猫の糞便に汚染された土や水に触れる環境には注意しましょう!
リスクとの向き合い方
「猫がオーシストを排出するのはトキソプラズマに初感染した時だけ」と何度か書きました。
ただ、厳密には、猫の免疫機能が低下するとオーシストの排出が起こることが指摘されています[2]。

ここでリスクとの向き合い方を考える必要があります。
感染歴のある猫(抗体陽性の猫)がオーシストを排出する確率をゼロにすることはできません。
将来、抗体陽性の猫が人への感染源になる可能性は非常に低いです。
しかし、その可能性もちゃんと摘んでおきたいと考えるならば、その方は猫を飼うべきはありません。

考えること、できることは色々あるんですね~

そうなんですよ!
参考にしていただければ幸いです。

こういうことをもっと知ることができるサービスとかってないのかな?

動物病院と医療機関が連携すれば、啓発セミナーやサービスの展開もできると思うのです…私の知る限り、そういう環境は整っていません。
トーチの会

難しい話も多かったから、もう少し分かりやすい情報源とかあったら嬉しいな~
娘たちにも勧められるような資料とかない?

ありますよ!
2012年、先天性トキソプラズマ症と先天性サイトメガロウイルス感染症の子を持つ母親らが中心となって患者会「トーチ会」が設立されました[4]。
誰もが母子感染症の予防に関する知識をもつことを目指して情報提供や啓発活動を行っています。

日本の妊婦は母子感染よる胎児への影響についての認識や知識が乏しいという報告もありますので[6]、こういう一般向けの情報源を通して、その状況が改善されることを期待したいです!

私も獣医学の観点からできることを発信し続けていきます!
トキソプラズマ症のまとめ
トキソプラズマ症についてまとめました。
患者数が少ない病気ではありますが、軽視してはならないと考えているので「妊娠中に初感染した場合、流産や胎児の先天障害の原因」と強めの表現で書きました。
猫がトキソプラズマの感染源として重要であることは事実です。
でも、猫に対して過度に神経質になる必要はありません。

気をつけるべきポイントを守ることができれば猫からの人への感染を防ぐことは可能なんです。
獣医師は、トキソプラズマ症の予防や治療に関する正しい情報を提供することができます。
気になることがあれば、かかりつけの動物病院に相談してみましょう。
参考文献
[1] MARUYAMA, Soichi, et al. Seroprevalence of Bartonella henselae, Toxoplasma gondii, FIV and FeLV infections in domestic cats in Japan. Microbiology and immunology, 2003, 47.2: 147-153.
[2] TENTER, Astrid M.; HECKEROTH, Anja R.; WEISS, Louis M. Toxoplasma gondii: from animals to humans. International journal for parasitology, 2000, 30.12-13: 1217-1258.
[3] 山元佳 et al. 日本における先天性トキソプラズマ症の実状. IASR, 2022, 43: 57-59.
[4] トーチの会 – 先天性トキソプラズマ&サイトメガロウイルス感染症患者会 https://toxo-cmv.org/toxo/
[5] YAMADA, Hideto, et al. Nationwide survey of maternal screening for mother‐to‐child infections in Japan. Congenital anomalies, 2014, 54.2: 100-103.
[6] MORIOKA, Ichiro, et al. Awareness of and knowledge about mother‐to‐child infections in Japanese pregnant women. Congenital Anomalies, 2014, 54.1: 35-40.
2024年3月6日 アッチーブ(獣医師&獣医学博士)
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