この記事を執筆した当時の私
獣医師/Ph.D.(獣医学博士)/大学や製薬会社で基礎研究に従事していた元研究者/ちょっと前まで犬・猫を診る臨床に従事していたが、現在はズーノーシスの予防と啓発ができる動物病院を探す求職者
修
こんちには!
獣医師の修です。
今回読んだ論文は “Spontaneous Course of Biliary Sludge Over 12 Months in Dogs with Ultrasonographically Identified Biliary Sludge” です。
文献の詳細情報は以下の通りです。
- PMID: 26992049
- PMCID: PMC4913576
- DOI: 10.1111/jvim.13929
研究の背景と目的
- 胆泥は胆嚢の運動障害および粘液分泌過多と関連しており、胆泥と胆嚢粘液嚢腫(GBM)の形成との関連を示唆している。胆泥がGBM形成や胆嚢炎に関連するのであれば、胆泥は臨床的に重要であると考えるべきであり、胆泥の生成や進行を抑える治療法を開発すべきである。
- 一見健康な犬の胆泥の経過を明らかにすること。
対象動物
- バージニア・メリーランド獣医科大学の学生および職員が所有する4歳以上の健康な犬77頭
- 超音波検査で胆泥のスクリーニングを行って罹患犬45頭を同定
- 内3頭は慢性的な薬物投与や胆道とは関係のない疾患の発症により、最終的な解析から除外
年齢
胆泥を有する症例の平均6.4歳(±2.4歳)
性別
- 去勢オス:20頭
- 避妊メス:21頭
- 未去勢オス:1頭
品種
- 雑種犬:21
- ピットブルテリア:3
- ダックスフンド:3
- ボストンテリア:2
- ボクサー:2
- グレートデン:2
- チワワ:2
- ジャクラッセルテリア:1
- ラブラドールレトリーバー:1
- コッカースパニエル:1
- トイプードル:1
- オーストラリアンシェパード:1
- マルチーズ:1
- ロットワイラー:1
健康の定義
- 過去3ヵ月以内に病気がない
- 慢性的な薬剤投与がない
- 健康診断で異常がない
- 以下の犬は除外せず
- ノミ・マダニ・ハートワームの予防薬
- 変形性関節症のサプリメント
- 試験期間中の全身性薬物投与が短期間(4週間未満)
胆泥の定義
重力に依存し、胆嚢内に音響陰影のないエコー源性物質
研究方法
- 前向きの観察研究
- 超音波検査と血液生化学検査を3、6、9、12ヶ月で実施
- 検査前の少なくとも12時間は絶食
超音波画像の取得
背臥位または側臥位で、肋骨下アプローチまたは右側肋間アプローチにより胆嚢の横断および縦断画像を取得
評価項目
- 胆嚢の大きさ
- 胆嚢壁の厚さ
- 胆嚢内の胆泥の占める割合
- 胆泥の重力依存性
- 血液生化学検査
胆嚢の大きさ
3枚の縦断像と3枚の横断像からL/W/Dをそれぞれ測定し、その平均値を記録
- L:縦断像から得られた長さ
- W:横断像から得られた幅
- D:横断像から得られた深さ
- 体積(GBV)= 0.53 × L × W × D
- 相対的な体積 = GBV を体重で割って算出:GBV/kg
胆嚢内の胆泥の占める割合
縦断像でGB面積が最大となる画像を用いて評価
⇒胆泥面積と胆嚢面積を画像処理ソフトウェアで測定し、(胆泥面積/胆嚢面積)× 100 で算出
- 0:無し
- 1:軽度[0.01~24.4%]
- 2:中等度[24.5~49.4%]
- 3:中等度~重度[49.5~74.4%]
- 4:重度[74.5~100%]
胆泥の重力依存性
胆嚢内容物は重力依存性に基づいて以下のように分類
- 0 = 依存性胆泥
- 1 = 依存性および非依存性胆泥(非依存性GB壁に付着した胆泥)
- 2 = 非依存性胆泥
- 3 = 依存性および浮遊性胆泥
- 4 = 浮遊性胆泥(GB壁に隣接していない胆泥)
- 5 = 浮遊性、依存性、非依存性胆泥
血液生化学検査
- アラニンアミノトランスフェラーゼ(ALT)
- アルカリホスファターゼ(ALP)
- γ-グルタミルトランスフェラーゼ(GGT)
- 総ビリルビン
- コレステロール
- トリグリセリド
- アルブミン
- 総カルシウム
統計解析
- 混合モデルANOVA(Mixed model ANOVA)
- フリードマンカイ二乗検定(Friedman chi‐square tests)
- マンテル・ヘーンツェル・カイ二乗検定(Mantel–Haenzsel chi‐square tests)
- クラスカル=ウォリス検定(Kruskal–Wallis test)
- ウィルコクソンの順位和検定(Wilcoxon rank‐sum test)
- フィッシャーの正確確率検定(Fisher’s exact test)
研究結果
- 1年間の追跡調査:6ヶ月目まで42頭、9ヶ月目で41頭、12ヶ月目で38頭⇒4頭は全日程を完了できず
- 試験期間中、肝胆道系疾患に起因する臨床症状を発症した犬は無し
胆泥の程度
- 試験開始時の胆泥の程度:無し(N/A)、軽度50%(21/42)、中等度36%(15/42)、中等度~重度9%(4/42)、重度5%(2/42)
- 試験終了時の胆泥の程度:無し3%(1/38)、軽度34%(13/38)、中等度47%(18/38)、中等度~重度13%(5/38)、重度3%(1/38)
- 1年間の胆泥の程度の中央値に有意差なし(P = 0.36)
- 胆泥が残り続けた症例:88%(37/42)
- 胆泥が消失した症例:2%(1/42)
- 胆泥が再発した症例:10%(4/42)
- 胆泥が減少した症例:19%(8/42)
- 胆泥が増加した症例:29%(12/42)
- 胆泥が増減なしの症例:40%(17/42)
- 胆泥が増加する症例としない症例で比較:イベルメクチンを投与した犬では胆泥の増加がおこりやすい可能性(OR:4.6、95%CI:1.1~19.5、P = 0.04)
胆泥の重力依存性
- 試験開始時 0:64% (27/42)、1:2% (1/42)、3:24% (10/42)、4:0% (0/42)、5:10% (4/42)
- 試験終了時 0:32% (12/37)、1:3% (1/37)、3:31% (11/37)、4:3% (1/37)、5:32% (12/37)
- 1年間の胆泥の重力依存性に有意な変化なし
- 重力非依存性(GB含量スコア5)が試験終了時に重力依存性(GB含量スコア0または3)になったのは2頭だけ
- 重力依存性胆泥だった犬の24%は、非依存性胆泥と依存性胆泥を併発
胆嚢の測定値
胆嚢壁の厚さ:初回検査と6ヵ月後および9ヵ月後の検査を比較すると有意差あり(P = 0.015)
血液生化学検査
- 総ビリルビン濃度の中央値で有意差あり(P = 0.0026)
- アルブミン濃度の中央値で有意差あり(P = 0.0055)
結論と臨床上の重要性
- 胆泥は高頻度に確認されたが、罹患犬は無症状
- 1年以内に重力非依存性の胆泥を発症した犬:胆泥の濃度・粘度の変化を示しているのかも
- 胆嚢の運動性や自然発生する胆泥の組成を評価する追加研究が必要
論文を読んだ感想と疑問
- 観察期間をもっと長くした研究の実施は難しいだろうが、実施した方が良い。
- 単に胆泥が蓄積しているからという理由で治療介入の必要はなさそう。でも、私が勤務した動物病院は全て何かしらの介入を行っていた。何をもってそのような判断をしたのだろうか?感覚と経験?介入してそれがどう改善したかの記載もカルテにはなかったので詳細は不明である。
- 重力依存性の胆泥と重力非依存性の胆泥の違いが、胆汁酸の組成の違いに基づくのであれば面白い。胆嚢穿刺を胆汁を回収し、LC/MS/MSによる胆汁酸分析をやってみたら良いのでは?
- 胆泥が増加する症例としない症例の比較でオッズ比を計算:前向き研究ではオッズ比ではなくリスク比で評価では?今回はどうしてオッズ比なんだろうか?
2024年1月29日 修(獣医師&獣医学博士)
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