この記事を執筆した当時の私
獣医師/Ph.D.(獣医学博士)/大学や製薬会社で基礎研究に従事していた元研究者/現在は動物病院で犬・猫の診療をしている臨床獣医師
- 犬や猫の口の中には人の病気の原因となる細菌が常在
- 犬や猫に引っ掻かれたり咬まれたりして具合が悪くなったら病院へ
こんにちは!
獣医師の修です。
今回は、ペットに咬まれた or 引っ掻かれたときの対応についてお話していきます。
犬・猫の口腔には、人の病気の原因となる細菌が常在しており、医療機関による治療を必要としないレベルの咬傷・掻傷でも感染します。
でも、犬や猫に咬まれたり引っ搔かれたりして具合が悪くなっても、病院を受診しない人は多いです。
ペットによる咬傷・掻傷の危険性を飼い主が認識できていないことに加えて、獣医師もそれを啓発できていないことが原因でしょう。
そこで、今回は「ペットに咬まれた・引っ掻かれた人」の現状と対応についてまとめました。
この記事のゲスト:美咲さん
1児の母で今年32歳。犬好きで自宅では犬を飼育中。
犬・猫に咬まれたら即病院
厚生労働省の報告書[1]によると、過去5年以内(2005~2010年)に犬か猫に咬まれたり引っ搔かれたりした人数は以下の通りでした。
- 犬の飼育者:42.9%(4,298人/10,014人)
- 猫の飼育者:74.4%(3,890人/5,225人)
- 両方の飼育者:68.3%(1,256人/1,839人)
- 非飼育者:13.8% (453人/32,922人)
犬 or 猫に咬まれた・引っ搔かれた人は13,983人*でした。
けっこういるんですね!
飼い主さんの体調は大丈夫だったんですか?
同じ報告書に、その後の体調変化について調べた結果も載っていましたので説明します。
犬 or 猫に咬まれた・引っ搔かれた13983人*に対して、その後の体調変化について調べると発熱・倦怠感など具合が悪くなったと回答した人は1761人(12.6%)でした。
- 犬の飼育者:5.2%(520人/10,014人)
- 猫の飼育者:10.8%(562人/5,225人)
- 両方の飼育者:12.9%(238人/1,839人)
- 非飼育者:1.3% (441人/32,922人)
さらに、具合が悪くなったと回答した1761人に対して、病院の受診および診断の有無を確認すると医療機関を受診した人 44%(769人/1,761人)でした。
- 病院に行って治療を受けた&病名が診断された:14.2%(250人/1,761人)
- 病院に行って治療を受けた&病名が診断されなかった:29.5%(519人/1,761人)
50,000人中の769人なので、約1.5%が過去5年の間に犬・猫に咬まれたり引っ搔かれたりして医療機関を受診していることになりますね。
具合が悪くなっても、半数以上が病院には行ってないんですね。
そうなんです。
具合が悪くなっても病院に行かないのは心配ですよね。
具体的にはどんな症状がでてるんですか?
同じ報告書で症状の詳細もまとめているので紹介します!
報告書では以下の症状について年代別にまとめていました。
- 発熱・倦怠感など
- 腹痛・下痢
- 傷口の腫れ・膿み
年代に関係なく、傷口の腫れや膿みを経験している人が多いですね!
それぞれの症状について受診の有無についても調べていました。
ココでは最も多かった傷口の腫れや膿みについての結果を紹介します。
傷口の腫れや膿みを経験した人を以下のカテゴリーに分けて、受診の有無を調べていました。
- 犬の飼育者
- 猫の飼育者
- 両方の飼育者
- 非飼育者
半数以上が病院に行ってないんですね。
おそらく、これまでの経験から「このぐらい大丈夫だろう」と放置している人が大半なんだと思います。
実際、病院に行かなくても大丈夫なんですか?
そんなことはありません!傷の程度によっては受傷直後に受診して欲しいですが、せめて症状がでたら必ず病院に行ってください!
悪化して死亡した事例も報告されていますから、経験や勘で判断するのは止めてください!
*足し算すると9,897人ですが、ココでは報告書に書かれている人数をそのまま記載
犬・猫の咬掻傷により感染する人獣共通感染症
これから犬・猫に咬まれた・引っ掻かれたことで起因する病気について簡単に説明していきます。
お願いします!
犬・猫に咬まれた・引っ掻かれたことで発症する人獣共通感染症はいろいろありますが、特に以下の3つは知っておきましょう。
- カプノサイトファーガ・カニモルサス感染症
- パスツレラ症
- 猫ひっかき病
カプノサイトファーガ・カニモルサス感染症
犬・猫の口の中にいる細菌(Capnocytophaga canimorsus)が咬まれたり・引っ搔かれたりしてできた傷口から感染して発症する病気です[2]。
こちらの記事で詳しくまとめています!
この病気は傷口を舐めらただけで発症することもあります。
主な症状は発熱・倦怠感・腹痛・吐き気・頭痛などですが、重症化することも稀にあり、死亡例も報告されています。
受傷部位には病変を作らず、全身症状を発症するのが特徴です。
犬や猫の口の中には、そんな怖い細菌ががいるのね…
でも、必要以上に怖がる必要はないですよ!
飼い主さんとペットが適切な関係を構築できれば問題ありません。
- ペットに触れたら必ず手を洗う
- 咬まれないようにしつけをする
- 引っ掻かれないように爪切りをする
- 傷口などを舐められないようにする
現時点で、犬・猫から C. canimorsus を排除する方法はないので、飼い主さんが気を付けるしかありません。
パスツレラ症
犬・猫の口の中や気道にいるパスツレラ菌が原因の感染症です[2]。
以下の記事で詳しく紹介していますよ。
主な感染経路は咬まれることですが、飛沫を介した経気道感染の可能性も指摘されています。
症状は咬まれたところの腫れと痛みです。
パスツレラ症の特徴は、症状が出るのが早く、1時間以内に発症する人もいます。
放置すると、皮膚の下の組織に炎症が拡大して患部が何倍にも腫れ上がった状態(蜂窩織炎)になることもあります。
この細菌も犬や猫の口の中にいるんですね…
動物が異なると常在菌の種類も変わるから仕方ありませんね。
予防方法はカプノサイトファーガ感染症とほぼ同じです。
- ペットに触れたら必ず手を洗う
- 咬まれないようにしつけをする
- 引っ掻かれないように爪切りをする
- 過剰な愛情表現(餌の口移しやキスなど)をしない
猫ひっかき病
バルトネラ菌(Bartonella henselae)という細菌を保菌している猫に、咬まれたり引っ掻かれたりして皮膚から感染する病気です[2]。
こちらの記事で詳しくまとめていますので、ご覧ください。
保菌猫を吸血したネコノミから感染することもあります。
子猫の保菌率が高いので、野良の子猫を保護した人は特に注意してください。
症状は受傷部位の水疱・熱感や発熱です。
そして、傷口の上位のリンパ節(脚なら鼠径部、腕なら腋窩部)が痛みを伴って腫脹します。
症状は数週間~数ヶ月間継続する場合もあります。
自然治癒することが多いですが、中枢神経系障害・視神経網膜炎・心内膜炎などの合併症も報告されています。
症状がでたら、必ず医療機関を受診してください。
予防方法は、カプノサイトファーガ感染症やパスツレラ症と似ています。
- ペットに触れたら必ず手を洗う
- 咬まれないようにしつけをする
- 引っ掻かれないように爪切りをする
- ネコノミの駆虫のために定期的に駆虫薬を投与する
犬・猫由来の人獣共通感染症を知らない人は多い
冒頭で紹介した報告書では、カプノサイトファーガ・カニモルサス感染症、パスツレラ症、猫ひっかき病の認知度についても調べていました。
カプノサイトファーガ感染症
- どんな病気か知っている:0.99%(493人/50,000人)
- 名前は聞いたことがある:4.14%(2,070人/50,000人)
- 知らない:94.87%(47,434人/50,000人)
パスツレラ症
- どんな病気か知っている:1.42%(710人/50,000人)
- 名前は聞いたことがある:6.25%(3,127人/50,000人)
- 知らない:92.33%(46,163人/50,000人)
猫ひっかき病
- どんな病気か知っている:3.32%(1,661人/50,000人)
- 名前は聞いたことがある:14.09%(7,047人/50,000人)
- 知らない:82.58%(41,292人/50,000人)
知っている人、少ないですね。
獣医師である私も積極的に情報発信して飼い主さんに啓発していきます!
ペットに咬まれた・引っ掻かれた【まとめ】
犬や猫の口の中には人の病気の原因となる細菌が常在しています。
カプノサイトファーガ・カニモルサス感染症やパスツレラ症は、医療機関による治療を必要としない程度の咬傷や掻傷でも感染することが分かっています。
重症化すると大変ですから,経験や勘で判断するのは止めてください!
また、医療機関を受診する際は受傷の詳細を担当者に伝えてくださいね。
よろしければ、以下のフォーマットをご利用ください。
もし、「具合が悪いけど病院に行った方がいいのかな…」と迷っていたら、救急安心センター事業(♯7119)を利用しましょう!
医師・看護師などが症状を聞き取り、緊急性や受診の必要性を判断してくれます。
お子さんの場合は、子ども医療電話相談事業(♯8000)を利用しましょう!
小児科医師や看護師が症状を聞き取り、緊急性や受診の必要性を判断してくれます。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
ありがとうございました。
参考文献
[1] 吉川泰弘. 動物由来感染症のリスク分析手法等に基づくリスク管理のあり方に関する研究: 厚生労働科学研究費補助金新型インフルエンザ等新興・再興感染症研究事業.
[2] 動物由来感染症ハンドブック:厚生労働省が作成しているハンドブックで、一般の方でも読める内容になっています。
2023年12月3日 修(獣医師&獣医学博士)
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